- はじめに
- SDGs全体の枠組みとアニマルウェルフェアの関連性
- SDG 2「飢饉をゼロに」とアニマルウェルフェア
- SDG 3「すべての人に健康と福祉を」とアニマルウェルフェア
- SDG 6「安全な水とトイレを世界中に」とアニマルウェルフェア
- SDG 12「つくる責任つかう責任」とアニマルウェルフェア
- SDG 13「気候変動に具体的な対策を」とアニマルウェルフェア
- SDG 14「海の豊かさを守ろう」と SDG 15「陸の豊かさも守ろう」とアニマルウェルフェア
- SDG 1「貧困をなくそう」とアニマルウェルフェア
- SDG 5「ジェンダー平等を実現しよう」とアニマルウェルフェア
- SDG 4「質の高い教育をみんなに」とアニマルウェルフェア
- SDG 17「パートナーシップで目標を達成しよう」とアニマルウェルフェア
- アニマルウェルフェアとSDGsの相乗効果
- アニマルウェルフェアを中心とした持続可能な食料システムへの転換
- 結論
はじめに
2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals, SDGs)は、2030年までに達成すべき17の目標を設定し、貧困の撲滅、飢饉の解決、健康と福祉の確保、教育の充実、気候変動対策、海洋と陸上の生態系保全など、多角的な社会課題の解決を目指すものである。
一方、アニマルウェルフェア(動物福祉)は、長年にわたって、主として倫理的・道徳的な課題として認識されてきた。しかし、近年の研究と実践を通じて、アニマルウェルフェアの向上が、実はSDGsの達成に極めて重要な貢献をもたらすものであることが、明らかになってきているのである。
本稿では、アニマルウェルフェアがSDGsの各目標とどのように関連し、持続可能な社会の実現に貢献するのかについて、詳細に検証する。
SDGs全体の枠組みとアニマルウェルフェアの関連性
「誰一人取り残さない」という原則とアニマルウェルフェア
SDGsの基本的な哲学は、「誰一人取り残さない」(Leave No One Behind)という原則である。この原則は、通常、人間社会における経済的弱者や社会的に周縁化された集団に対する配慮を意味するものとして理解されている。
しかし、より広い解釈として、この原則は、人間以外の生物、特に人間の経済活動の対象となっている動物にも拡張されるべきものなのである。アニマルウェルフェアへの配慮は、この「誰一人取り残さない」原則を、人間と動物の両方に対して適用する、より包括的な取り組みなのである。
横断的課題としてのアニマルウェルフェア
アニマルウェルフェアの向上は、複数のSDGs目標に対して、同時に貢献する横断的な課題なのである。つまり、アニマルウェルフェア基準の強化という単一の取り組みが、複数のSDGs目標の同時達成に貢献する相乗効果をもたらすのである。
SDG 2「飢饉をゼロに」とアニマルウェルフェア
持続可能な食生産とアニマルウェルフェア
SDG 2は、飢饉の撲滅と食料安全保障の確保を目標としている。この目標の達成には、単に現在の食糧生産量を維持・増加させるだけではなく、その生産過程が環境的・社会的に持続可能であることが必須条件なのである。
アニマルウェルフェア基準に基づいた飼育方法の採用は、集約的飼育システムに比べて、飼育規模がより適切に管理され、結果として飼育動物あたりの飼料効率が向上することが報告されている。つまり、アニマルウェルフェアの向上は、より効率的で持続可能な食糧生産につながるのである。
農業システムの多様性と回復力
アニマルウェルフェア基準が高い地域では、通常、農業システムがより多様化し、複数の小規模農家が異なる飼育方法を採用する傾向がある。このような多様化したシステムは、市場価格の変動や自然災害に対する抵抗力が高く、より持続可能で回復力のある食料生産システムを形成するのである。
SDG 3「すべての人に健康と福祉を」とアニマルウェルフェア
食中毒予防と公衆衛生
前述の通り、アニマルウェルフェアが高い飼育環境では、病原体の感染率が低く、結果として食中毒のリスクが削減される。食中毒は、毎年世界中で数百万人の健康被害と死亡をもたらす重大な公衆衛生問題である。
アニマルウェルフェアの向上により食中毒が予防されることは、直接的にSDG 3の目標達成に貢献するのである。
薬剤耐性菌対策と感染症治療の維持
アニマルウェルフェア基準が高い飼育環境では、抗菌薬の使用が削減され、結果として薬剤耐性菌の出現リスクが低減される。薬剤耐性菌は、世界保健機関(WHO)によって、21世紀における最大の公衆衛生上の脅威の一つとされている。
アニマルウェルフェアへの取り組みを通じた抗菌薬使用の削減は、人類全体の感染症治療能力を維持するための極めて重要な貢献なのである。
栄養価の向上と健康改善
前述の通り、アニマルウェルフェアが高い環境で生産された卵や肉には、栄養価がより高い傾向が報告されている。より栄養価の高い食品の供給は、特に栄養不良が問題である地域における健康改善に貢献するのである。
SDG 6「安全な水とトイレを世界中に」とアニマルウェルフェア
水質汚濁の削減と水資源の保全
集約的な畜産施設では、大量の動物排泄物が短期間に生成され、その処理過程で水質汚濁が生じやすい。一方、アニマルウェルフェア基準に基づいて飼育規模が適切に管理された施設では、単位面積あたりの排泄物負荷が低減され、結果として水質汚濁のリスクが大幅に削減されるのである。
さらに、放牧飼育などの飼育方法では、動物の排泄物が肥料として土壌に還元され、自然な栄養循環が形成されるため、水質汚濁がより少ないシステムが実現される。
水資源の効率的利用
アニマルウェルフェア基準に基づいた飼育システムでは、飼育規模が適切に管理されるため、飼育動物あたりの水使用量が削減される傾向があり、限定的な水資源の効率的利用が実現されるのである。
SDG 12「つくる責任つかう責任」とアニマルウェルフェア
持続可能な生産・消費パターンの形成
SDG 12は、資源の効率的利用と廃棄物の削減を通じた、持続可能な生産・消費パターンの構築を目標としている。アニマルウェルフェアへの取り組みは、このような持続可能な生産パターンの形成に直結しているのである。
アニマルウェルフェア基準を導入する企業は、通常、生産効率の最適化、廃棄物の削減、資源循環システムの構築などに同時に取り組む傾向があり、結果として、より持続可能な生産パターンが形成されるのである。
消費者責任とラベリング制度
アニマルウェルフェアに配慮した製品に対する表示・ラベリング制度の確立により、消費者が責任ある選択(responsible consumption)を行うための情報が提供される。このような情報開示は、消費者の倫理的な購買行動を促進し、市場全体における持続可能な消費パターンの形成を牽引するのである。
SDG 13「気候変動に具体的な対策を」とアニマルウェルフェア
温室効果ガス排出の削減
アニマルウェルフェア基準に基づいた飼育方法では、飼育規模が最適化され、結果として単位当たりの温室効果ガス排出量が削減される傾向がある。例えば、放牧飼育では、飼育動物が草地の管理を通じて炭素隔離を促進する可能性もあるのである。
つまり、アニマルウェルフェアの向上は、直接的に気候変動対策に貢献するのである。
農業システムの気候変動適応力
アニマルウェルフェア基準が高い地域では、農業システムがより多様化し、結果としてシステムの気候変動への適応力が高まる。これは、単一の大規模集約的飼育システムより、気候変動の影響に対する抵抗力が大きいのである。
SDG 14「海の豊かさを守ろう」と SDG 15「陸の豊かさも守ろう」とアニマルウェルフェア
過剰放牧と生態系保全
アニマルウェルフェア基準に基づいた畜産では、飼育規模が適切に管理され、過剰放牧による草地の劣化や土壌侵食が防止される。つまり、アニマルウェルフェアへの配慮が、陸上生態系の保全に直結するのである。
生物多様性の維持
適切に管理された放牧地では、複数の植物種が共存し、昆虫や野生動物の多様性も維持される。一方、集約的飼育システムに依存するモノカルチャー型の飼料生産は、生物多様性を著しく低下させるのである。
アニマルウェルフェア基準の採用により、より多様で、より生物学的に豊かな農業生態系が形成されるのである。
海洋生態系への影響
陸上からの栄養汚濁が海域に流入することで、富栄養化による藻類繁茂と海洋生物の死亡をもたらす「死の海域」が形成される。アニマルウェルフェア基準に基づいた飼育システムでは、排泄物の流出が減少し、海洋への栄養汚濁の負荷が軽減されるのである。
SDG 1「貧困をなくそう」とアニマルウェルフェア
小規模農家の経営の持続可能性
アニマルウェルフェア基準を採用することで、小規模農家は、プレミアム市場へのアクセスを得ることができる。つまり、アニマルウェルフェア基準の採用は、小規模農家の収入向上と経営の持続可能性に貢献するのである。
特に発展途上国では、アニマルウェルフェア基準の採用により、国際市場でのプレミアム価格での販売が可能になり、農家の貧困脱出への道が開かれるのである。
雇用創出
アニマルウェルフェア基準に基づいた飼育システムでは、通常、より多くの労働力が必要とされる。結果として、新たな雇用機会が生まれ、農村地域の雇用創出に貢献するのである。
SDG 5「ジェンダー平等を実現しよう」とアニマルウェルフェア
農業労働における女性の地位向上
アニマルウェルフェア基準を採用した農業システムでは、多角的な技能が要求され、男女を問わず多様な労働機会が生まれる。また、動物福祉に関連する教育や訓練プログラムへの女性の参加が増加する傾向がある。
つまり、アニマルウェルフェアへの取り組みは、農業労働におけるジェンダー平等の実現に貢献するのである。
SDG 4「質の高い教育をみんなに」とアニマルウェルフェア
動物福祉教育と倫理的思考の育成
アニマルウェルフェアに関する教育は、次世代の消費者と生産者に対して、倫理的思考と責任ある行動習慣を育成するのである。学校教育の中で、動物福祉と持続可能な食生産に関する学習が組み込まれることで、より高い倫理的基準を持つ市民社会が形成されるのである。
SDG 17「パートナーシップで目標を達成しよう」とアニマルウェルフェア
マルチステークホルダーの協力と連携
アニマルウェルフェアの向上には、政府、企業、農家、消費者、市民団体など、複数のステークホルダーの協力が不可欠である。このような協力関係の構築プロセスそのものが、SDG 17で強調されるパートナーシップの精神を体現しているのである。
つまり、アニマルウェルフェアへの取り組みは、SDGs達成のための必要不可欠なパートナーシップを形成する、触媒的な役割を果たすのである。
アニマルウェルフェアとSDGsの相乗効果
統合的なアプローチの可能性
前述した各SDGs目標とアニマルウェルフェアの関連性から明らかなことは、アニマルウェルフェアへの取り組みが、複数のSDGs目標に対して、同時に貢献する相乗効果を持つということなのである。
つまり、アニマルウェルフェアを単独の課題ではなく、SDGs達成のための統合的アプローチの一部として位置付けることで、より効率的で効果的な持続可能な社会の実現が可能になるのである。
地域レベルでの実装の可能性
各地域の農業の特性と文化的背景に適合したアニマルウェルフェア基準を策定することで、SDGsの地域レベルでの実装が可能になる。この地域レベルでのアプローチは、グローバルな持続可能性の目標を、ローカルな文脈の中で具体化させるのである。
アニマルウェルフェアを中心とした持続可能な食料システムへの転換
食料システム全体の変革の必要性
SDGs達成のためには、現在の食料システム全体の構造的な転換が不可欠である。この転換の中核に、アニマルウェルフェアの原則を据えることで、より人道的で、より環境的に持続可能で、より公正な食料システムの構築が可能になるのである。
実装のための具体的ステップ
- 政策レベルでの目標設定 – 政府がアニマルウェルフェア基準の段階的な強化と、SDGs達成への関連性を明記した政策を策定する
- 企業・産業界の参画 – 農業企業、食品企業、流通企業が、アニマルウェルフェア基準の採用をサプライチェーン全体に組み込む
- 消費者の意識啓発 – アニマルウェルフェアがSDGs達成にいかに貢献しているかについて、消費者への教育と啓発を進める
- 国際的な枠組みの構築 – 国連やWHOなどの国際機関を中心とした、グローバルなアニマルウェルフェア基準の策定と普及
結論
アニマルウェルフェアは、単なる「動物に対する倫理的配慮」ではなく、SDGsの達成のための極めて重要で、多面的な貢献をもたらす、持続可能な社会実現のための基本的要素なのである。
アニマルウェルフェアへの取り組みは、食の安全確保、公衆衛生の向上、水資源の保全、生態系の保護、気候変動対策、小規模農家の貧困脱出、雇用創出、ジェンダー平等の実現、教育の充実、そしてマルチステークホルダーのパートナーシップの形成——これらすべてに同時に貢献するのである。
2030年までにSDGsを達成するという人類全体の目標を実現するためには、アニマルウェルフェアを持続可能な開発の不可欠な要素として認識し、それを社会全体の取り組みの中に統合していくことが、極めて重要なのである。
アニマルウェルフェアへの投資は、単に畜産動物のためだけではなく、すべての人間にとって、そしてこれからの世代にとって、より持続可能で、より公正で、より豊かな社会を構築するための投資なのである。


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